☆師は謎の人?

新体道(現天真体道)を始めて今年でまる39年となる。

当時は文京区に道場があり、何人かの先生が受け持つコースが複数ありほぼ毎日稽古があった。

創始者の青木先生はベテラン勢を対象とするアドバンスコースを担当されてたと記憶するが、初心者の私が先生の稽古を受けられるのは月一回の合同稽古の時ぐらいであった。

それと先生は多分覚えていらっしゃらないと思うが、入門早々参加した千葉での合宿で風呂に入った時たまたま私一人しかいなかった風呂場で偶然先生が入ってこられ、何を喋っていいか戸惑った事があった。

それから時を経て、先生から直接教えを請う機会を何回か頂いたり、酒宴や会議等でお話をする機会も多くあった。しかし正直に告白すると、例えば部外者から「青木先生ってどんな人」と問われたら、返事に窮するなあとずうっと思っていた。何故だろう?理由が自身で言語化出来ないでいた。

最近フランス哲学や合気道の先生である内田樹氏の著書を読み、以下の文章に出会ったので抜粋する。

僕が多田先生やレヴィナス先生に一生ついてゆこうと決意したのは、先生達がどういう人間だかわかったからではありません。そうじゃなくて、「何を考えているのかぜんぜんわからない人」だったからです。僕自身のスケールをはるかに超えた、僕の理解の遠く及ばない人だと思ったからです。そして、「どんな人だかわからない」ということは僕が「満腔(まんこう)の信頼を寄せる」上で何の問題にもならなかった。師というのは「そういうもの」だとなんとなく思っていたからです。(中略)師は「理解や共感」を絶した存在ですから。

上記文章を読み、なるほどと思った次第である。青木先生は未だに私にとって謎の人です。

以上

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